5分でわかる古代オリエント世界の移り変わり!〜激戦のメソポタミア文明〜

古代オリエント世界について詳しくわかりやすいスレッドを見つけたので紹介します!

引用元

1: 科学する者 2011/04/17(日) 21:00:20.92 ID:tT/QP+b80

ここはメソポタミア。
ティグリス川・ユーフラテス川と呼ばれる二つの大河が
そこに住む人々に恩恵をもたらし、灌漑農業が発達した。

3: 科学する者 2011/04/17(日) 21:01:08.47 ID:tT/QP+b80

紀元前3000年頃、
メソポタミアの地に、民族系統不明のシュメール人が台頭。
彼らはウル・ウルク・ラガシュなどの都市国家を建設した。

7: 科学する者 2011/04/17(日) 21:02:03.04 ID:tT/QP+b80

紀元前2400年頃、
セム語系のアッカド人がシュメール人国家を征服し始め、
サルゴン1世がメソポタミアを初めて統一し、国王となった。


13: 科学する者 2011/04/17(日) 21:03:40.92 ID:tT/QP+b80

サルゴン一世が建設した国が滅びると、
シュメール人が再び建国した国、ウル第三王朝が繁栄した。
この時、現存最古の成文法、ウル=ナンム法典が制定された。

22: 科学する者 2011/04/17(日) 21:06:06.08 ID:tT/QP+b80

【ハンムラビ王】

紀元前2000年頃、
今度はセム語系のアムル人がメソポタミアを統一した。
彼らが建てた国をバビロン第一王朝と言い、
その六代目の国王であるハンムラビの下で、国家は最盛期を迎えた。
ハンムラビが制定したハンムラビ法典は、
ウル=ナンム法典を継承したものである。

24: 科学する者 2011/04/17(日) 21:07:18.45 ID:tT/QP+b80

インド=ヨーロッパ語系のヒッタイト人は小アジアを拠点とし、
世界で始めてとなる鉄製武器を用いてバビロン第一王朝を滅ぼした。
また、新王国時代のエジプトと抗争したり、
メソポタミア北部のミタンニを属国としたりしたものの、
海の民と呼ばれる人達によって滅ぼされてしまう。

関連記事:ヒッタイト帝国とかいう紀元前最強の文明

29: 科学する者 2011/04/17(日) 21:08:32.35 ID:tT/QP+b80

民族系統不明のフルリ人は、
メソポタミア北部にミタンニという国を建てた。
しかし、ヒッタイトの属国となった後、
アッシリアによって征服されてしまった。

31: 科学する者 2011/04/17(日) 21:09:33.82 ID:tT/QP+b80

民族系統不明のカッシート人は、
メソポタミア南部にバビロン第三王朝という国を建てた。
その後、その国は民族系統不明のエラム人によって
滅ぼされてしまったものの、
彼らはバビロニアの主要民族としてしばらく活躍を続けた。

35: 科学する者 2011/04/17(日) 21:11:39.80 ID:tT/QP+b80

ナイル川の流域にも、文明が開化していた。
ハム語系のエジプト人による、エジプト文明のことだ。
紀元前4000年頃、
エジプト人はノモスと呼ばれる独立集落の形成を始めた。

37: 科学する者 2011/04/17(日) 21:13:34.17 ID:tT/QP+b80

形成されたノモスは次第に統合され、
紀元前3000年頃、
メネスという人物が一つの国家を作り上げた。
エジプト第一王朝である。
この王朝以降多くの王朝が興亡した。

39: 科学する者 2011/04/17(日) 21:15:14.72 ID:tT/QP+b80

エジプト第3~第6王朝までの時代を古王国と呼ぶが、
この時代には都はナイル川下流域のメンフィスという都市に置かれた。
また、この時代には多数のピラミッドがつくられ、
特にクフ王、カフラー王、メンカウラー王による三大ピラミッドが有名であり、
メンフィスとその墓地遺跡として世界遺産にも登録されている。

42: 科学する者 2011/04/17(日) 21:16:42.20 ID:tT/QP+b80

エジプト第11~12王朝までの時代を中王国と呼ぶ。
この時代には都はナイル川中流域のテーベという都市に置かれた。
この時代の末期に、アジア系遊牧民のヒクソスが侵入したことで、
中王国は滅亡してしまった。

45: 科学する者 2011/04/17(日) 21:18:37.58 ID:tT/QP+b80

【アメンホテプ4世(=イクナートン)】

エジプト第18~20王朝までの時代を新王国と呼ぶ。
都は中王国時代同様、テーベに置かれた。
第18王朝の王であったアメンホテプ4世は、
テーベの守護神アモンを祭る神官達の勢力を取り除くため、
唯一神アトンへの信仰を強制し、自らをイクナートンと改名した。
また、都をテーベからテル=エル=アマルナに移した。

54: 科学する者 2011/04/17(日) 21:22:59.32 ID:tT/QP+b80

【ラムセス2世】

第19王朝の王であったラムセス2世は
ヒッタイトと、カデシュの戦いと呼ばれる争いをし、
現存最古の国際条約を締結した。

60: 科学する者 2011/04/17(日) 21:25:24.93 ID:tT/QP+b80

ここは地中海沿岸。
東にはメソポタミア文明が、
西にはエジプト文明(が存在し、
正にその中間として交通路の役目を果たしていた。

62: 科学する者 2011/04/17(日) 21:28:51.07 ID:tT/QP+b80

セム語系のアラム人は、
地中海東岸のダマスクスを拠点として内陸中継貿易を行った。
そのために、彼らが用いたアラム語は当時の商業語として使われた。

64: 科学する者 2011/04/17(日) 21:30:00.32 ID:tT/QP+b80

セム語系のフェニキア人は、
地中海東岸のシドン・ティルスなどの都市や、
植民市として南アフリカにカルタゴを建設した。
また、地中海貿易を独占して繁栄し、
彼らの用いたフェニキア文字はアルファベットの起源となった。

65: 科学する者 2011/04/17(日) 21:32:23.55 ID:tT/QP+b80

【モーセ】

セム語系のヘブライ人は、
地中海東岸のパレスチナに定住していたが、
一部の人々は豊かな生活に憧れてエジプトに移住した。
しかし、新王国時代のエジプトで彼らは迫害され、
預言者モーセの引導の下、パレスチナに帰還した。
この事を出エジプトと言い、
モーセはこの途中唯一神ヤハウェから十戒を授かったという。

74: 科学する者 2011/04/17(日) 21:35:34.42 ID:tT/QP+b80

【ダヴィデとソロモン】

出エジプト後、ヘブライ人はパレスチナにヘブライ王国を建てた。
ダヴィデとその子ソロモンの時代に、
都イェルサレムを中心として繁栄したものの、
ソロモンの死後、この王国は南北に分裂してしまった。
北をイスラエル王国、南をユダ王国と呼ぶ。

80: 科学する者 2011/04/17(日) 21:39:19.18 ID:tT/QP+b80

【アッシュールバニパル】

セム語系のアッシリアは、
当初小規模で冴えなかったものの、
一時的なミタンニの服属から脱した後、
鉄製武具と戦車を用いて領土を拡大し、
紀元前7世紀後半頃、遂に初のオリエント統一を果たした。
しかし、都のニネヴェを中心として栄えたものの、
服属民へ過酷な支配を行ったことで勃発した反乱により滅亡してしまう。
また、アッシリアの王であったアッシュールバニパルは、
偉大な征服者であった他、歴史的資料を多く残した。

82: 科学する者 2011/04/17(日) 21:41:39.04 ID:tT/QP+b80

アッシリアの滅亡後、オリエントには四つの王国が分立した。
インド=ヨーロッパ語系のイラン人がイランに建てたメディア、
インド=ヨーロッパ語系のマイオニア人が小アジアに建てたリディア、
セム語系のカルデア人がメソポタミアに建てたカルデア、
ハム語系のエジプト人が復活させたエジプト末期王朝である。

86: 科学する者 2011/04/17(日) 21:44:29.06 ID:tT/QP+b80

【ネブカドネザル2世】

カルデアの最盛期を導いた王、ネブカドネザル2世はユダ王国を征服して、
そこの民を自国の首都であるバビロンに大量移送した。
これをバビロン捕囚という。

89: 科学する者 2011/04/17(日) 21:47:29.39 ID:tT/QP+b80

リディアは世界で初めて鋳造貨幣を使用した。

90: 科学する者 2011/04/17(日) 21:50:28.32 ID:tT/QP+b80

【キュロス2世】

メディアに従属する小王国の王であったキュロス2世は、
メディアを滅ぼして自立し、アケメネス朝を建設した。
これはイラン人による王朝で、都はスサに置かれた。
キュロス2世は、さらにリディアとカルデアを征服し、
この時、バビロンに捕囚されていたユダヤ人を解放した。

94: 科学する者 2011/04/17(日) 21:54:19.52 ID:tT/QP+b80

【カンビュセス2世】

キュロス2世の次の国王カンビュセス2世は、
残るエジプトを征服し、アッシリアに続き全オリエントを統一した。

95: 科学する者 2011/04/17(日) 21:55:00.54 ID:SMcFzVpj0

【ウルのジッグラト】

ジッグラトとは「高い峰」という意味。煉瓦造りの高い基壇の上に神殿が建つ。
シュメール起源と考えられ、その後メソポタミア諸都市は神殿を中心に作られた。
洪水に備えて高く建てられたが、『旧約聖書』の「バベルの塔」の伝説は、
バビロンのジッグラトだったといわれている。

96: 科学する者 2011/04/17(日) 21:57:15.64 ID:tT/QP+b80

【ダレイオス1世】

カンビュセス2世(>>94)の(恐らく)次の国王、ダレイオス1世は、
さらに領土を拡大し、アケメネス朝の最盛期を導いた。
ダレイオス1世は各地に知事(サトラップ)を派遣し、
また、それを監視する王の目・王の耳と呼ばれる人達も派遣した。
また彼は、ギリシアとの間で戦争をするも、途中で死んでしまう。
このギリシアとの戦争をペルシア戦争と呼ぶ。

98: 科学する者 2011/04/17(日) 22:01:03.51 ID:tT/QP+b80

ダレイオス1世が王位に就いていた頃よりもしばらく後、
ダレイオス3世の時代に、
アケメネス朝はマケドニア王アレクサンドロスに大敗する。
そして、ダレイオス3世が部下に暗殺された事で、アケメネス朝は滅亡した。

文明の発祥地、ユーラシア大陸の中心、農業生産力の高いエリアだけに勢力の移り変わりが本当に激しいのがわかりますね!!