ユリウス・カエサルとかいう秀逸しすぎた英雄www 〜アウグストゥスが選ばれた理由が神〜

有史以来、数多の英雄が現れては消えて行きましたが、その中でもローマ帝国の前身を作ったカエサルは桁違いの英雄です。

英雄である以上、様々な逸話や名言、修羅場を潜っていて、後々に生きる人々の伝説、勇気となっていますが、その中でも格別凄いものがあります。

それは、、

後継者にオクタウィアヌス(のちのローマ初代皇帝アウグストゥス)を選択したことです。

カエサルの後継者オクタウィアヌス

え、ただ後継者をちゃんと選んだだけだろと、ただそれだけのように見えます。

しかし、カエサルの場合は事情が異なりました。まず自子がいなかった。(厳密にはクレオパトラとの子カエサリオンが居たが、外国の王の子なので自子にするわけにはいかなかった。)いなかったので、もし死んだ場合、相続争いになることは目に見えていた。

カエサルは突然ブルータスなど守旧派により暗殺されてしまいますが、もちろん、不測の事態に備え遺言を遺していました。

その遺言で指名されていたが、オクタウィアヌスでした。

この時、オクタウィアヌスは、わずか18歳、実績もない無名の青年でした。もちろん、後継者扱いされていることも知らないオクタウィアヌスは後継者に指名されていたことを遊学中のギリシャで知ることになります。

一説によると、バルティア遠征中の司令官としての活躍がカエサルの目に止まり、後継者と育成していたとも言われています。病弱で軍才もなかったので、軍事に強いアグリッパを付けていました。

さてさて、オクタウィアヌスはカエサルの暗殺という大変な時に後継者指名を受けたわけですが、当時、名もなき18歳の若造に過ぎません。そんな彼がカエサルの遺産を受け継ぎ、そのままカエサルの兵団たちをまとめてしまったのです。

そして、あろうことか、そのままローマ権力闘争で勝利し、ローマ皇帝になってしまったのです。

しかも彼、病弱すぎて戦争が全くできない人でした。全くできないので部下のアグリッパに全てを任せていたわけです。軍事力がモノを言う時代、軍権を任せきりにしたら乗っ取られるのが関の山ですが、そんなことはなく、最後まで最高権力者として長命を全うすることができました。

カエサルの見る目は逸脱でした。

いやいや、本当にこの、歴史上の偉人たちも後継者選定で失敗すること多いですからね。今経済界でときめく孫正義なんかも、1兆円稼ぐよりも後継者を決める方が難しい、なんて言ってますからね。

そもそも適切な後継者をちゃんと決めることができたら、世の中荒れることなんてないです。それができないから大変なんです。


逸脱した後継者を選定したカエサルですが、当然それ以外にも様々な名言や逸話があります。順序見ていきましょう。

借金王カエサル

世界史上類を見ない金額の借金をしていました。その額ローマ国家予算の10分の1と言われるほど。国家予算の10分の1を個人で借金てどういうレベルだよ、と。政治家なので、民衆への人気取りのため、公共事業や、イベント運営などバラマキを行ったり、金がないのに借金してバラまいていました。

あまりにも借金が大きくなりすぎたものだから、踏み倒されてしまうと債権者にお金が戻らず困ってしまいます。通常債権者の方が債務者より強いはずですが、金額が大きくなると、債務者の方が債権者よりも強くなってしまう、そんな原理に気づいていたんですね。借りたもの勝ちとはまさにこのこと。

しかもこの天文学的借金、ガリア遠征の戦利品でしっかりと返してしまうからすごい。カエサルは、この金を返すには出世払いするしかないと言っていたそうですが、本当に実現してしまったと言う。

ハゲの女たらし

英雄色好むの例に漏れず、色欲旺盛で、当時の元老院議員の妻3分の1が寝取られたと言われてます。同時に女性に贈り物を届けるため、借金してお金も使いまくっていたようです。ハゲで、当時の基準のイケメンではなかったようですが、やっぱり人間中身が大切ってことですな。

当時古代ローマでは、凱旋式で、軍団兵たちが将軍をからかう野次を飛ばす習慣があったようで、その時軍団兵たちは、「夫たちよ、妻を隠せ。ハゲの女たらしのお通りだ」と野次られたと言う@@

とはいえ、子供には恵まれなかったようで、クレオパトラとの子カエサリオンと最初の妻の子ユリアの二人しかできなかったようです。

この辺り秀吉にも通じるところありますね。英雄なのに最後まで子供に恵まれなかった。

遅咲きの英雄

カエサルがアレクサンドロス大王の像を目にした時、「アレクサンドロスの年齢に達したのにもかかわらず何もなし得ていない」と言ったようです。

アレクサンドロス大王は29歳の時、すでにギリシャに大帝国を作りそして死にました。あまりにも早い死でした。それに対しカエサルは、30の時まだ何もできていませんでした。というか40歳ぐらいまではまだまだ実績らしい実績はなかったようです。

大体英雄は30ぐらいの時には何かしらの兆しが見えていることが多いですが、良くも悪くもかなり遅いスタートだったようですね。特に30歳と言っても40歳と言っても、今よりもはるかに寿命が短い時代だったので、同じ年齢でも今とは全然重みが違ったと思います。

海賊に囚われたカエサル、身代金を自ら釣り上げた

エーゲ海を海で渡っていた頃、カエサルは海賊に囚われてしまいました。海賊は身代金として、20タレント要求するが、カエサルは20では安すぎる50にしろと釣り上げたそうです。

自分を高く売るとはまさにこのことなんですが、同時に自分が戻ったらお前たちを磔にしてやるぞと言い放ち、身代金が支払われ、釈放されるたあと、海軍を招集し自ら海賊を捕え、磔にしてしまったらしいです。

カエサルの名言

賽は投げられた

これはあまりにも有名ですね。ローマには軍を率いて侵入してはいけないライン、ルビコン川より先には入ってはいけないというルールがありましたが、それを破り元老院との衝突を鮮明にした時に言った言葉です。もうあとには戻れない、と。

ブルトゥス、お前もか?

暗殺される寸前に言った言葉ですね。お前ですら俺の敵だったのか?と。

人は喜んで自己の望むものを信じるものだ。

学習より創造である。創造こそ生の本質なのだ。

概して人は、見えることについて悩むよりも、見えないことについて多く悩むものだ。

率先して死のうとする男を見つけ出すのは、忍耐をもって苦痛に耐えようとしている男を発見するより容易である。

哲学的ですね。

ローマで二番になるより、村で一番になりたいものだ。

ナンバーツーよりオンリーワンですねー。

カエサルの妻たる者は、疑われることさえもあってはならない。

妻が他の男と接触している疑惑が出た時の言葉。

帝政ローマを目指したカエサル

当時ローマは、共和制を取っていましたが、それは共和制を取る以前、ローマは君主制で酷い王様がいました。そうした経験があったので、ローマ人たちは君主制になるのを嫌っていました。

そんな中、カエサルは帝政を目指していました。

それはなぜか?

ローマは広くなりすぎました。共和制、民主主義だと、物事を決めるのに時間がかかりすぎます。今の日本でもそうですが、衆議院、参議院と2回議会を通過しないといけなかったり、選挙を通して決めたり、決めることが多くとにかく時間がかかります。

特に、当時は、今みたいな車や飛行機のような便利なものもなく、連絡手段も手紙を送るしかありませんでした。ローマ帝国の広さを考えると領土の最果てに攻め込まれると、それこそ連絡を届けるまでにものすごい時間がかかるわけですね。それでいちいち決まりごとがあるたびに民主的に決済をしていたらとんでもない時間がかかり、いざという時、緊急時に対応できません。

そこで、カエサルは決済の早い、広大な領土を有するローマの実情にあった、君主制を目指していたわけです。

とはいえ、当時のカエサルの考え方はあまりにも急進的でした。カエサルの考え方についていけなくなった反対派は王様になって堕落するのではないかと、カエサルを暗殺してしまいました。

暗殺したは言うものの、共和制はすでにローマの実像にあっておらず、あとを引き継いだオクタウィアヌス(アウグストゥス)がカエサルの事業を引き継ぎ、帝政ローマを完成させました。

ということでカエサルでした。他の英雄たちとはスケールの違いを感じますよ。

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