今の有名地の昔!!江戸時代の古地図で現在の地形を見た結果!!

東京が事実上の政権を担ってから400年が経過しました。400年も経てば、同じ場所でも、大きく変わっていきます。
今回はそんな、今ある有名地を江戸時代の古地図と今の地図と見比べてみましたよ!

江戸時代の古地図は1680年ぐらいのものを使用しています!

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まずは何と言っても皇居。これ抜きにして日本は語れません。

やはり江戸城のようですね!当然と言えば当然なのですが、、今の皇居の中心は江戸城の西の丸あたりにあるようです。

右の方にいろいろな屋敷があるようですが、この堀の内側に住める人たちは当時のエリートさんたちってことなんでしょうなー!


じゃあ本丸はどこやねんということで、江戸城後を見てみると、、、

バッチリ本丸!ちゃんと江戸城跡と、皇居の位置を現在位置でも分けて書いてあるのはさすがですね!

続いて現在の権力の中心地。国会議事堂。明治時代に作られた、この議事堂は、天皇陛下以外入れない専用の部屋だけで総建設費の10分の1を使用したと言われています。

そんな権力の中枢ですが、、、

なんじゃこりゃ@@

ものすごく中途半端な場所!

いろいろ屋敷はありますが、江戸時代は特に名だたる場所ではなかったようですね。結構江戸城に近い場所なんですけどねー・・・!

そして、権力の実働部隊、官僚の集まる霞ヶ関は、、、

おっと、バッチリ道!交差点です!400年経っても、同じように道沿いに建設されているということですね!

そしてそして、

桜田門外の変があった桜田門はと言うと、、、

これまた今と全く変わらず。門の外は3本しか道がないので、狙い撃ちで暗殺するにはうってつけに見えますね!

続いて、初の帝国大学、東大を見てみると、、赤門の位置に合わせて、、、

おおー!当時から広い敷地だったようですね。加賀って書いてあるので加賀100万石が住んでいたのかな??広くてまとまっているのでまとめて大学に変えられてしまったようですね@@

今人が集まる場所といえば、、新宿!

なぬ><;;

地図の圏外のようです。新宿は名前の通り、新しい宿と書いてできた街なので、江戸時代は何もなかったのがわかりますね。

電気街、秋葉原は、、、

うーん!今と変わらぬいい立地ですね!大きな道沿いにあるようです。秋葉原は都内でも東京駅に近いということで、街がしっかり発達していたのがわかります!

天下の東京駅は、、、

なんだこれは@@

大きな空白地帯ですね!場所的に何かはあったのでしょうけど、現存する、江戸北部地図では隅っこのようなのがわかります。

六本木。ITなど新しい企業が集まるこの立地は、、、

ただの道でした。名前の通り由来として、6本の木があったからと言う話らしいですからね。道沿いということで、納得の位置です!

渋谷は、、、

圏外。新宿もダメ、池袋もダメだったので、今でいう東京都心西側の方はまだまだ未発展、東側中心だったのがわかりますねー!

ということで江戸時代の古地図と今の地図で分析してみましたよ!今回使用したのは1680年頃の地図ということで、江戸時代初期の古い部類の地図になりますが、1800年代の地図とかもあるので、それと見比べるとまた違った変化が楽しめそうです。

コメント

  1. 名前:匿名 投稿日:2017/05/07(日) 15:06:43 ID:a1ef7cf0a 返信

    分析www
    「道でした!」「広い土地でした!」

    分析wwww

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